2020/09/22

こころ


During these holidays I read again Kokoro for the first time in a while.

夏目漱石 47歳の作品。1914年(大正3年)4月20日から8月11日まで朝日新聞に連載。同年9月,岩波書店から出版。昭和31年から高校教科書に掲載されている。

新潮文庫版の『こころ』は発行部数700万部を超え,新潮文庫の累計部数では第1位。2位は太宰治『人間失格』(670万部),3位はヘミングウェイ『老人と海』(490万部),4位は夏目漱石『坊ちゃん』(420万部),5位はカミュ『異邦人』(412万部)と続く。



2020/08/23

Almost autumn sky !?

 
9 km walking in the park

奇跡の4位入賞


SUBARU MOTORSPORT MAGAZINE

スーパーGT第3戦,鈴鹿。SUBURU On-Tube のオンボードライブ配信で,ドライバーの山内・井口両選手の戦いぶりを見ながら,千日回峰行を2度 満行した大阿闍梨の酒井友哉さんの言葉を思い出していました。 

自分のペースを守って,
ただこつこつと目標に向かって進むだけ。

周りに合わす必要ない,周りはあなたではないのだから。

無理せず,急がず,はみ出さない,
力まず,ひがまず,いばらない。


2020/08/19

walk in the Park

 

a walk in the park たやすいこと,朝飯前のこと

: a thing that is very easy to do or deal with(OALD) 

「公園の中の散歩」から転じて「楽にできること」という意味のイディオムにもなります。同じような意味で a piece of cake もよく使われます。

Let's take / go for / have a walk in the park.
(公園に散歩に行こう)

The next game will be a walk in the park.
(次の試合は楽勝だよ)

公園にはさまざまな人たちがいて,なかには脳梗塞や高齢者などのリハビリを目的として,ゆっくりと,懸命に,歩いている人たちもいます。決して「たやすいこと」ではないのです。ですから,表題の意味で使う場合は,以下の文例の使い方に限るようしてください。

I know it's no walk in the walk.
(決して簡単なものではないとわかってますよ)

2020/08/15

ビーナスライン


諏訪IC〜ビーナスライン〜女の神展望台〜白樺湖〜霧ヶ峰湿原〜美ヶ原高原〜霧ヶ峰高原〜ビーナスライン〜大門街道〜八ヶ岳エコーライン〜諏訪南IC


2020/08/13

Jogging 3 km

昨日,いわゆる「黒い雨」裁判で,広島市と広島県は,先月の広島地裁の「原告84人全員に被爆者健康手帳の交付を命じる」という判決を不服とする国の要請を受けて「控訴」しました。

安倍政権は「控訴せず」という政治決断はできなかったのでしょうか。さらに救済区域を拡大し,求めがあれば国として出来る限りの支援をしていくと表明できなかったのでしょうか。

75年間,なかには偏見や差別を恐れて被爆したことさえ言えずに苦しんできた人たちもいて,そういう人たちの思いになんとか応えてほしかった。

がっかり続きで,ジョギング中にながれてきた曲になみだ流しそうになっちゃったよ。




生まれ来る子供たちのために

詩 小田 和正

多くの過ちを僕もしたように
愛するこの国も
戻れない もう戻れない

あのひとがそのたびに
許してきたように
僕はこの国の 明日を また想う

ひろい空よ 僕らは今どこにいる
頼るもの何もない
あの頃へ帰りたい

ひろい空よ 僕らは今どこにいる
生まれ来る子供たちのために 何を語ろう
何を語ろう

君よ 愛する人を守り給え
大きく手を拡げて
子どもたちを抱き給え

ひとりまたひとり
友は集まるだろう
ひとりまたひとり
ひとりまたひとり         

真白な帆を上げて 旅立つ船に乗り
力の続く限り
ふたりでも 漕いでゆく
その力を与え給え
勇気を与え給え


2020/08/10

富士五湖

相模湖東出口〜道志みち〜山中湖〜河口湖〜西湖〜精進湖〜本栖湖〜朝霧高原〜富士宮鳴沢線〜富士パノラマライン〜山中湖〜道志みち〜八王子IC


2020/08/09

Nagasaki Peace Declaration

田上 長崎市長 長崎平和宣言(一部抜粋)


私たちのまちに原子爆弾が襲いかかったあの日から,ちょうど75年。4分の3世紀がたった今も,私たちは「核兵器のある世界」に暮らしています。どうして私たち人間は,核兵器をいまだになくすことができないでいるのでしょうか。


Exactly 75 years have passed since the dayour city was assaulted by a nuclear bomb. Despite the passing of three quarters of a century, we are still living in a world where nuclear weapons exist. Just why is it that we humans are still unable to rid ourselves of nuclear weapons?


人の命を無残に奪い,人間らしく死ぬことも許さず,放射能による苦しみを一生涯背負わせ続ける,このむごい兵器を捨て去ることができないのでしょうか。


Are we truly unable to abandon these dreadful weapons that so cruelly take lives without even allowing for dignified deaths and force people to suffer for entire lifetimes as a result of radiation?


新型コロナウイルス感染症が自分の周囲で広がり始めるまで,私たちがその怖さに気づかなかったように,もし核兵器が使われてしまうまで,人類がその脅威に気づかなかったとしたら,取り返しのつかないことになってしまいます。


<If, as with the novel coronavirus which we did not fear it until it began spreading among our immediate surroundings, humanity does not become aware of the threat of nuclear weapons until they are used again>, we will find ourselves in an irrevocable predicament.


若い世代の皆さん。 新型コロナウイルス感染症,地球温暖化,核兵器の問題に共通するのは,地球に住む私たちみんなが「当事者」だということです。 あなたが住む未来の地球に核兵器は必要ですか。 核兵器のない世界へと続く道を共に切り開き,そして一緒に歩んでいきましょう。


Young people of the world; The novel coronavirus disease, global warming and the problem of nuclear weapons share one thing in common, and that is that they affect all of us who live on this Earth. Are nuclear weapons necessary for the world of the future that you will live in? Let us clear a path to a world free of nuclear weapons and walk down it together.



2020/08/08

"The boy standing by the crematory"

なにかの巡り合わせか。

毎年この時期,塾生の誰かが必ず,このレッスンに当たる気がしてなりません。今日もそうでした。

アメリカの従軍カメラマン,故ジョー・オダネル氏が,原爆投下後の長崎で,すでに亡くなっている幼子を背負い,下唇をぎゅっとかみしめて焼き場に立つ 少年の写真についてのインタビュー記事。


下の映像は "NPT Snapshot" という Nashville Public Television の番組。

同じ NTP と言えば,

核不拡散条約(Nuclear Non-Proliferation Treaty)の発効から,今年で50年という節目の年。「核保有国をこれ以上増やさないこと」,「核軍縮に誠実に努力すること」を約束した人類にとって大切な条約。




明日9日は 長崎原爆の日。
原爆投下から今年で75年。



2020/08/06

吉永小百合編『第二楽章 ヒロシマの風』より



原爆
The Atomic Bomb

私は七つ,妹は三つ,
そしてお父さんは
北支のどこかで
戦争をしているということで,
ずいぶん 前からたよりがなかった。

 I was seven, my little sister three.
 I was told our father was
 somewhere in Northern China
 fighting in the war.
 We had not heard from him for a very long time.

母は
あの日
きんろうほうしで
町に きょうせいたちのきのあとしまつに
出ていた。

 Our mother was in the town
 on that day
 on her duty
 as a civil volunteer
 to help clean up
 after the building were demolished.

私は,
家の近くの会館で,
皆んなと勉強していた。

 I was studying with my friends
 in the town hall near our house.

午前八時十五分
その時
原爆はうつくしいひかりにみちて
かがやきにあふれて
おちてきた。

 It was eight fifteen in the morning
 when the atomic bomb descended upon us
 filling the whole sky with a strong flash and a sparkle.

窓ガラスがやぶれて
床にちらばっているなかを
私は家にかけて帰った
なにかしらないが
おそろしいものにおわれて
たまらなく花のふところが
こいしかったからだとおぼえている

 I ran and ran back home
 through the broken window glass scattered on the floor.
 Overwhelmed by an inexplicable urge
 chased by something terrible,
 I recall how much
 I longed for my mother's arms.

家では
姉と妹が
へしまがった天井の下で
ほこりだらけのたたみの上にだきあって
すわっていた

 In the house, under the collapsing ceilings,
 my big sister and my little sister
 were hugging firmly each other
 sitting on the dust-covered tatami floor.

それから二時間
全身が焼けただれて
息もたえだえになって
母が帰ってきた。
父がいなくて一家の柱の
たった一人の私達の
母が,

 Two hours later
 with her body all burned
 gasping
 our mother came back
 the pillar of our family after father had gone
 our only mother.

姉は
毎日 どくだみをせんじて 母にのませ
うじのわいている
指のまたのかさぶたをうがしては,
おしろい粉をふった。

 Every single day
 my big sister
 brewed herbs for our mother to drink
 and peeled the scabs from between her fingers
 where maggots had infested
 and applied some foundation powder.

そして それから七年。
いろんなことがあったけれど
私は十三,妹は九つ,
父は戦争で死んでしまって帰らなかったが,
母は
今日も,
あの原爆で不自由な体で
くわをふるっている。

 Seven years have passed since then
 a lot has happened.
 I am thirteen, my little sister is nine
 our father died in the war and never returned
 but our mother
 with her body badly damaged by the atomic bomb,
 plows the field to this day.

原爆はいやだ
それにもまして
父をころし
原爆をおとした
戦争はいやだ。

 I hate the atomic bomb
 I hate the war even more so,
 that killed our father
 that dropped the atomic bomb.

広島市二葉中学校 二年生
山城鈴子

(『原子雲の下より』一九五二)


別所沼公園
埼玉県原爆死没者 慰霊の碑

7 km walking in the park



2020/08/05

21世紀に求められるスキルとは何か?

【備忘録】


日本経済新聞の春秋(8月3日付)で,NHKラジオ『実践ビジネス英語』の寸劇(ビニエット)が 紹介されています。

「舞台はニューヨーク。グローバル企業の社員たちが『21世紀に求められるスキルとは何か?』というテーマでやり取りしている。」

「広報担当マネージャーは,『批判的思考力コミュニケーション力協調性 ですね』とまとめる。これらは可視化や数量化が難しいソフトスキルと呼ばれている。」

「別の人が,経済の変化が速まっている今,『環境に適応し柔軟に対処できること が重要になっている』と賛同する。」

「一方で,3つのスキルが備わる人材の不足を嘆く声もある。」としています。



『21 Lessons for the 21st Century』(邦題「21世紀の人類のための21の思考 21 Lessons」)の「教育 (Education)」の項で,

私たちは何を教えるべきか? (What should we be teaching?)」について,多くの教育の専門家 (many pedagogical experts) が支持する主張が 紹介されています。

「学校は,4つのC (the four Cs),すなわち,批判的思考 (critical thingking),コミュニケーション (communication),協働 (collaboration),創造性 (creativity) を教えることに 方針を切り替えるべき。」

「学校は,専門的な技術 に重点を置かず (should downplay technical skills),汎用的な 生活技能 を重視すべき (should emphasize general-purpose life skills)。」

「なかでも最も重要なのは,変化に対処し (to deal with change),新しいことを学び (to learn new things),なじみのない状況下でも 心の安定を保つ (to preserve your mental balance in unfamiliar situations) 能力になるだろう。」としています。



2020/08/02

パノラマ台


相模湖IC〜道志みち〜パノラマ台〜山中湖〜道志みち〜道坂峠〜道志みち〜八王子IC


2020/07/31

2020/07/23

競泳 池江璃花子選手 メッセージ

2020年7月24日。
24 July 2020

東京,国立競技場。
Olypmic Stadium.

本当なら,この場所で世界中から集まったアスリートと,
6万人を超える大観衆が,
燃えさかる聖火を見上げているはずだった。
Athelets from all over the world
should be here alongside sixty thousand spectators, 
gazing up at the Olympic flame.

ある日,突然,未来は変わる。
Suddenly, everything changed.

今まで当たり前だと思っていた未来は,一夜にして
別世界のように変わる。
The future that we took for granted transformed, overnight,
into something completely different.

それは,私も大きな病気をしたからよく分かる。
I understand what that's like, because I experienced the same thing
when I had a life-threatening illness.

人と会うこと。
Meeting people.

外を歩くこと。
Walking outside.

プールの中で全身を使って泳ぐこと。
Using my entire body to swim in the pool.

その全てが,こんなにも愛おしく,こんなにも幸せだったなんて,
病気の前は気づいていなかった。
These simple pleasures are all so precious,
yet before my illness I took them for granted.

2020年という目標が急になくなった他のアスリート達も同じ気持ちなんだと思う。
The other athletes who lost Tokyo 2020 must feel the same.
The goal they'd been working toward suddenly disappeared.

オリンピックやパラリンピックのような,大きな大会に出るアスリートにとって,
練習やプレッシャーは相当にキツい。 
For an olympic or Paralympic level athlete,
the training is extremely demanding
and the mental pressure is intense.

正直,逃げ出したいこともある。
There are days when you want to run away from it all.

でもそれがなくなって初めて,
ああ,やっぱり自分はどうしようもなく,このスポーツが好きなんだと,
心の底から思ったはずだ。
But when all of that suddenly disappears, 
you truly appreciate how much it meant to you 
and how much you loved the sport.

私もそうだった。
That's what happened to me.

1年後,
オリンピックやパラリンピックができる世界になっていたら,
どんなに素敵だろうと思う。
Imagine the world in a year:
a world where the curtain is set to rise
on the Olympic and Paralympic Games.

アスリート達は,その未来を信じて,
今この瞬間も,できるすべての努力をしている。
Right now, athletes around the world
are looking to that future, pushing themselves to the limit.

どんなに小さな努力でも,それが無駄だとは決して思わない。
No effort,
no matter how small, is ever wasted.

スポーツがくれる勇気や人とのつながりは,
本当にかけがえのないものだから。
The confidence that sports inspired,
the human connections it helps us make
are truly irreplaceable.

そして,もう一つ。
One last thing.

スポーツは,決してアスリートだけでできるものではない。
Sports is not just about the athletes.
Sports show us the importance of solidarity.

そのことを忘れないようにしたい。
I never want to forget that.

これからも,感謝と尊敬を胸に,前に進んでいこうと思う。
I want to remember my gratitude and respect
for all those who contribute to their society
as I take my next step.

一人のアスリートとして,一人の人間として。
As an athlete, as a person.


2020/07/19

柳沢峠


R16〜檜原街道〜奥多摩周遊道路〜大菩薩ライン〜柳沢峠〜大菩薩ライン〜奥多摩有料道路(都民の森)〜檜原街道〜日の出IC


2020/07/16

アクリル板の設置から今日でちょうど2週間経ちました。
違和感もなく,安心を得ることができたと思います。
引き続き,できうる限りの対策を講じていきたいと思います。



2020/06/28

1 hour jogging

一瞬の晴れ間のあと,今日もまた雨が降りました。


2020/06/27

秩父・合角ダム


塾生の明日の英検の「合格」を祈念しに「合角ダム」に行ってきました。でも...,実際は「かっかく」と読むんですけどね。最後までがんばれ!

R299(芦ヶ久保)〜志賀坂峠〜万葉の里〜土坂峠〜合角ダム〜R299(芦ヶ久保)〜圏央鶴ヶ島IC

2020/06/23

沖縄慰霊の日 平和の詩

Okinawa marked the 75th anniversary of the end of World War II ground battle that claimed over 200,000 lives, the annual memorial service being held at the Peace Memorial Park in Itoman, the site of the final stage of the Battle of Okinawa.



「あなたがあの時」
沖縄県立首里高校3年 高良朱香音さん

「懐中電灯を消してください」
一つ,また一つ光が消えていく
真っ暗になったその場所は
まだ昼間だというのに
あまりにも暗い
少し湿った空気を感じながら
私はあの時を想像する

あなたがまだ一人で歩けなかったあの時
あなたの兄は人を殺すことを習った
あなたの姉は学校へ行けなくなった

あなたが走れるようになったあの時
あなたが駆け回るはずだった野原は
真っ赤っか 友だちなんて誰もいない

あなたが青春を奪われたあの時
あなたはもうボロボロ
家族もいない 食べ物もない
ただ真っ暗なこの壕の中で
あなたの見た光は,幻となって消えた。

「はい,ではつけていいですよ」
一つ,また一つ光が増えていく
照らされたその場所は
もう真っ暗ではないというのに
あまりにも暗い
体中にじんわりとかく汗を感じながら
私はあの時を想像する

あなたが声を上げて泣かなかったあの時
あなたの母はあなたを殺さずに済んだ
あなたは生き延びた

あなたが少女に白旗を持たせたあの時
彼女は真っ直ぐに旗を掲げた
少女は助かった

ありがとう

あなたがあの時
あの人を助けてくれたおかげで
私は今 ここにいる

あなたがあの時
前を見続けてくれたおかげで
この島は今 ここにある

あなたがあの時
勇気を振り絞って語ってくれたおかげで
私たちは 知った
永遠に解かれることのない戦争の呪いを
決して失われてはいけない平和の尊さを

ありがとう

「頭,気をつけてね」
外の光が私を包む
真っ暗闇のあの中で
あなたが見つめた希望の光
私は消さない 消させない
梅雨晴れの午後の光を感じながら
私は平和な世界を創造する

あなたがあの時
私を見つめたまっすぐな視線
未来に向けた穏やかな横顔を
私は忘れない
平和を求める仲間として