2013/12/15

ペリーと富士山と

◎ 小田原PA
伊豆方面に行こうと思います。富士山がよく見えました。 

 
◎ 伊豆北川温泉 黒根岩風呂
遠くに見えるのが大島です。35人の方が亡くなり,まだ4名の方が行方不明になっている土石流災害から2ヶ月。 ようやく仮設住宅の建設が始まったようです。
 

 
◎ 尾崎ウイング
伊豆七島を見ることができるという展望台です。次回は望遠鏡を持ってこよう。 


◎ 下田港
下田港内をめぐる黒船を模した遊覧船「サスケハナ号」が遠くに見えました。


 
◎ 「ペリー上陸の碑」
1853年7月にフィルモア大統領の国書を携えたペリーは,浦賀近くの久里浜へ上陸。それから約1年後の1854年6月,ここ下田に上陸しました。




◎ 了仙寺(りょうせんじ)
ここで,上陸したペリー一行と,日米和親条約の細則について,10日間にわたって交渉が行われ,附則13ヶ条(下田条約)を締結しました。

ペリー上陸の牌から了仙寺まで続く「ペリーロード」。

日米條約締結之地」と刻まれた石碑

ペリー一行が訪れた時の模様。「ペリー陸戦隊了仙寺調練の図」。

下田条約の締結から約半年後,安政東海地震により大津波が発生。写真は,その津波によって運ばれてきた船の舳先(へさき)が激突した時の傷跡だそうです。老夫婦を案内していたタクシーの運転手さんのお話を一緒に聞かせてもらいました。
 

◎ 堂ヶ島付近
冷たい強風が吹きすさび,本日天気晴朗なれども波高し。遊覧船も欠航です。

 
 
◎ 戸田(へた)から望む富士山


◎ だるま山レストハウスから望む富士山
何度も訪れている場所ですが,こんなに雲一つないきれいな富士山を見るのは初めてです。

 
初めて案内板を読みました。こんなことが書いてあったのですね。知らなかった。

 「達磨山キャンプ場からの展望」 という案内板より
 昭和14年に開催されたニューヨーク万国博へ,ここから撮影した高さ2.7m,巾32.7mに及ぶ第パノラマ写真が,日本政府より出品され大絶賛を博しました。
これは,日本を代表する富士山を世界に紹介するために企画されたもので,当時,指名を受けた六桜社(現さくらフィルム)の技師が,日本一の富士山の展望地を探すため,駿河,甲州,信州など富士山の見える回りを一巡し,最終的にこの地を選んだといわれています。  

今日を振り返ると,期限付き条件付きとは言え,世界遺産登録された「富士山」が印象的なツーリングとなりました。