2013/10/31

石巻から松島へ



「三陸へ,2年後の今,そして明日」 ツーリングマガジン「アウトライダー(8月号)」の表紙にあった。
 
「あれから2年。今,三陸はどうなっているのか。この特集は被災地で生まれ育った弊誌スタッフが,揺れる思いを胸に現地を訪ね,まとめたものだ。三陸は,人々が来てくれることを待ち望んでいた。もし時間が許すなら,どうかあなたも,訪ねてみてはくれないだろうか。」(アウトライダー 8月号) 





「オートバイはいわば遊びの道具だ。被災地の人々の労苦を知っているだけに,オートバイで訪れる気にはなれなかった。だが,被災地の人たちからこんな声が聞くようになった。『被災直後はボランティアで来ていただき,本当に助かった。今度は遊びに来てほしい。あのころは何もなかったが,仮設とはいえ食事もお店もできた。三陸の被災地がどんなようすか見てほしい。そして,見たままを帰ってみんなに伝えてほしい。』一人の声ではない。あちこちで同じ声を聞く。私は考えを改めた。私も率先してオートバイ乗りを誘おう。と。」(斎藤純 「被災地からの伝言」より。)
 
 
「3.11のあの日,この国に暮らすすべての人々の時計の針は,一瞬,止まった。その後,時間が経つにつれ,それぞれの時計の針の進む速度が違ってきている。同じ被災地であっても,ほぼ以前通りの時間の進み方に戻れた人もいれば,まだのろのろとしか時間が進んでいない人もいる。なかには,時計の針があの日で止まったままの人もいる。
 
その時計の針を少しでも動かす手助けをしたいと僕は思う。具体的な方法はひとそれぞれでいい。僕には僕のやり方がきっとあるはずだ。でも,ひとつだけ確かなことがある。観光でもなんでもいい。興味本位だってかまわない。今の被災地では,外からやってきた人々に自分たちの街を見てもらえることが,動きが鈍っている時計の針を動かす力になっている。それは僕が保証する。だからこの夏,三陸の海を見ながら,バイクを走らせてみませんか?絶対いい旅になりますよ。」(熊谷達也 「時計の針を動かすために」)
 
 
  
 

2013/10/30

三陸へ

今日は遠野から立丸峠を越えて宮古へ,そして三陸の海岸沿いを,すでに宿の予約を済ませてある石巻まで,約340キロをまいります。
 
遠野まではおよそ50キロ約1時間の道のり。
 
早朝の遠野路はクルマの往来もほとんどなく,カーブの度にかすかに聞こえる耳触りのよい排気音以外は,シーンと静まり返っている。
 
花巻より十余里の路上には町場三ヶ所あり。その他はただ青き山と原野なり。人煙の稀少なること北海道石狩の平野よりも甚だし。或いは新道なるが故に民居の来たり就つける者少なきか。(遠野物語より)
 
ふいにおとずれる寂しさにいたたまれずセットした今井美樹の歌声には大いに癒されちゃいました(笑)
 
途中の田瀬湖周辺の紅葉は特に素晴らしかったな。 
 
遠野駅

駅前にある「遠野物語」の石碑を眺めていると,向こうから“ぴよぴよ”とおじいちゃんがやってくる。ほんとにかわいらしい小柄で上品そうな「おじいちゃんらしいおじいちゃん」である。

目が合って軽く会釈をすると,予想に反して,「これ,白バイなの?」とふいをつく意外な質問に,あとから思えば,「はい,そうなんですよぉ。今このあたりを警ら中なのでありますっ」 ってぐらいの返事ができなかったものかと考える時間がたっぷりあるのが旅の醍醐味なのかもしれない。はい。

遠野を十分に感じさせてくれた,おじいちゃんとの時間でした。


「遠野物語」(柳田國男)の石碑

遠野駅から北東に5キロほど走ったところに「かっぱ淵」がある。確かに今でもカッパが出現するっくらいの雰囲気があるところです。


おそるおそる歩いていくと,おじさんが,なにやら一生懸命,キュウリをぶら下げた仕掛けを用意しているところに遭遇。 現実の世界に引き戻されたようで,ちょっとほっとしました(笑)


で,このおじさん,(おじさんと呼ぶのは失礼に聞こえるかもしれませんが),このお方こそ,カッパ淵の守っ人(「まぶりっと」と読む)こと,“二代目カッパおじさん”なのであります。


「さいたまから来ました」 という私に,カッパおじさんも以前3年ほど八潮市(埼玉県南東部)に暮らしていたという。

「初代八潮市長も,遠野の出身なんだよ」と当時のことなどを懐かしそうに話してくれました。話の途中に,クルマで旅行中のご年配のご夫婦も加わって,しばしカッパ談義で盛り上がりました。
 

私も以前に市内の県立高校に在職経験があったことから,カッパおじさんとは多少のご縁を感じ,あらためて八潮の沿革について,市のホームページで調べてみました。 
戦後、地方自治を大きな柱とした新憲法が公布され、政府は、適正な自治体経営に必要な町村規模を計画して、昭和28年(1953)に町村合併促進法を公布した。八條、潮止、八幡の三村合併協議は、なかなか合意にいたらなかったが、八條村大字立野堀地区(現草加市稲荷)を分離し、新村名は三村の頭文字をとって「八潮」とすることで合意し、昭和31年(1956928日に八潮村が誕生した。

誕生までにさまざまな経験をした「八潮」であったが、都心から20キロメートル圏内という地の利もあり、その後の高度経済成長による工場の進出や急激な人口増加により発展を続け、昭和39年(1964)に町制施行、昭和47年(1972)には市制を施行した。
(八潮市HP,八潮の沿革より抜粋)

かっぱを祀るほこらの中には,初代カッパおじさんのご遺影も大切に飾ってありました。



遠野から,紅葉最盛期の立丸峠を越えて,宮古まで75キロ,およそ1時間30分ほどで,宮古・浄土ヶ浜に到着。

2013年5月に,これまでの「陸中海岸国立公園」から「三陸復興国立公園」という名称に,いちおう暫定的に改められている。(環境省の国立公園のHP


浄土ヶ浜へは,市街地を抜けて宮古港沿いを行く。いまだ生々しい震災の傷跡が,心に突き刺さる。行き交うクルマや人々に,心の中で小さく頭を下げながら,唇をきゅっと引き締めた。

JR山田線宮古駅に隣接する三陸鉄道宮古駅
 
お昼時の宮古駅の周辺は,人もバスやタクシーも出ているし,決して寂しい感じではなく,一見ありふれた日常の風景そのもの。写真は,人通りが途絶えたところでシャッターを押したせいで,閑散とした印象があるが。

やはり,素直に描写するには,街を包む空気の“コントラスト”が,強く感じられるわけで,ためらいもあった。

駅前でぼんやりしていると「埼玉からですか?」と声をかけてくれたのは,若い部下を2人をたずさえた50代半ばのお方である。大宮ナンバーを見たのだろう。「私たちも埼玉からなんですよー」。復興関連で宮古に来てもう2ヶ月になるという。
 
半年前に大型バイクを購入されたばかりで,今回はそのバイクで埼玉から来て,たまの休みには,バイクで出かけるのが何よりの楽しみだとおっしゃっていた。「こっちの道は最高だよ」って,救われるはどの明るい表情で言ってくれた。
 
お互いに少しだけ励まし励まされ,偶然の出会いに感謝をしつつ宮古を後にした。ありがたいものです。 
 
宮古から,吉里吉里,大槌,そして釜石へ。
 
釜石港近くの高台から

釜石から,大船渡,陸前高田,大船渡,そして気仙沼へ。

気仙沼以南の本吉から,小泉,そして南三陸町の歌津,志津川までは,2年半前にボランティアに参加した際に,全国から寄せられた水や食料品やガスコンロや電池や衣服やおむつなどを配達するという役どころについていたため連日クルマで往復した区間。

震災から1ヶ月半が過ぎ,まだ水道電気ガスは通じてはいなかった。被災されて苦しい思いや状況にありながら,慎み深くて,逆にいつも元気をもらっていたのは私たちボランティアのほうだった。

気仙沼を過ぎて,時折小雨が降る中,日もどっぷりと暮れ,志津川で,45号線が石巻方面へと右に折れるまで,前方に走るクルマのテールランプを頼りしないと怖くて走れないほどの真っ暗闇。まばらな灯りの数が象徴的に現状を伝えているようだった。

宮古からは,写真は,釜石で撮った上の1枚だけ。今回はいっぱい写真に収めて足を運べない友人知人に紹介しようと思っていたのだが。

ボランティア当時もなかなか写真は撮る気になれず,結局,携帯から撮ったこの1枚だけだった。

南三陸町役場





2013/10/29

花巻 宮沢賢治

休日の3日間を利用して,花巻に来ています。
 
 
今年は,宮沢賢治没後80年です。
 
 
「賢治先生の家(羅須地人会)」は,県立花巻農業高校の敷地内に復元されています。 


「下ノ 畑ニ 居リマス 賢治」

左側の扉から,自由に中に入れました。平日でしたので,ひっそりと静まりかえっていますが,時折,遠くの方から聞こえる子どもたちの声が,放課後の空気感を伝えてくれます。

 

賢治の命日(9月21日)に毎年行われる「賢治祭」の最後には,「花巻農学校精神歌」を皆んなで合唱します。

精神歌についてはこちらのサイトに詳しくあります。歌声も聴けます。泣けてきます。
 
花巻農学校精神歌 詩碑

明日は,遠野から立丸峠を越えて宮古にまで行き,そこから海岸沿いを石巻まで南下します。
 
 
 

2013/10/21

お誕生日会


 
写真の3人,同じ誕生日,同じ血液型なんですよ。イチロー選手も同じです。なにか共通点はあるのでしょうか。
 

サミュエル・ウルマン「青春(Youth)」より
 
人は信念と共に若く,疑惑と共に老いる。
人は自信と共に若く,失望と共に老いる。
希望ある限り若く,失望と共に老い朽ちる。
 
You are as young as your faith, as old as you doubt;
as young as your self-confidence, as old as your fear,
as young as your hope, as old as your despair.