2015/06/21

寂聴さん,4分半のスピーチ



私は,今年,満93歳になりました。おそらく,今日たくさんの方が集まっていらっしゃいますけども,私より年上の方はいらっしゃらないじゃないかと思います。

私は,去年1年病気をいたしまして,ずっと,ほとんど寝たきりでした。そして,それが完全に治ったわけではありません。けれども,いろいろ,寝ていまして,考えましたけれども,最近のこの状態は,寝ていられないほど,私の心を痛めました。

それで,どうせ,病気で死ぬか,あるいは,ここへ来て,怪我をして死ぬか,分かりませんけれども,どうせ死ぬならば,こちらへ来て,一言でも皆さんにご挨拶をして,「このままではだめだよ。日本は本当に怖いことになっているぞ」ということを申し上げて,死にたいと思いました。

今度来ましたのは,私はどこにも属しておりません。誰にも話しておりません。ただ自分一人でやって来ました。ですから,もしも,私が怪我をしたり,あるいは,何かの拍子で死んだりしても,それは,あくまでも自己責任でございます。

そういう気持ちで来ました。だから,怖いものなしです。だから,何でも言っていいと思って参りました。

私は,1922年,大正11年の生まれですから,戦争の真っ只中に青春を過ごしました。それで,前の戦争が,実にもうひどくって大変かということを身にしみて感じております。

私は,終戦中は北京に暮らしましたから,終戦は北京で迎えました。いかにその時に日本人が北京で威張ってたかということも見ております。

ですから,負けたと言ったときは,殺されると思いました。しかし,怖くって,こわごわ門を開いてみますと,向かいの??,??というのは路地ですね,??の壁に,たくさん,そういう,赤い××がべたべた貼ってありまして,そこに書いてある言葉は,「悪を迎えるに毒を持って(制)す」という中国言葉でした。

その時に,私は,あーこういう国と戦争をして負けるのが当然だと思いました。あとで帰るまで,中国人からはひどい目にあったことはありません。しかし,日本は本当に中国でひどいことをしておりました。

そういうことを全部見ておりますので,引き上げの苦労も,ものとも思いませんでした。それで,帰ってきたら,ふるさとの徳島は焼け野原でした。

そこから考えたことは,私は,それまでの教育で,この戦争は天皇陛下のため,あるいは,日本の将来のため,あるいは,東洋平和のため,というふうに教えられておりますが,戦争に,いい戦争というのは絶対にありません。

戦争はすべて人殺しです。殺さなければ殺されます。そんなことは,人間の一番悪いことです。ですから,そういうことを二度と起こしてはならない。

しかし,最近の日本の状況を見ておりますと,なんだか怖い戦争に,どんどん近づいていくような気がいたします。

ですから,せめて死ぬ前に,ここへ来て,皆さんに,そういう気持ちを伝えたいと思って参りました。

だから,どうか,皆さんは,ここに集まった方は,私と同じような気持ちだと思いますけれども,その気持ちを他の人たちにも伝えてですね,特に,若い人たちに伝えてですね,若い人の将来が幸せになるような方向に進んでほしいと思います。

もう時間がこれくらいですから,もうこれ以上話しません。どうもありがとうございました。ありがとうございました。


聞き取れないところが2ヶ所ありました。ご教示いただければ幸いです。最後までお読みいただき有難うございました。

2015/06/20

「若い人の将来が幸せになるような方向に進んでほしい」(寂聴)

瀬戸内寂聴さんが,18日午後,安全保障関連法案に反対する市民集会に参加した模様がニュース番組で放映されていました。

昨年からご病気で療養生活を続けていらっしゃることは知っていましたが,ニュース映像には,当日この集会のために,わざわざ京都から駆けつけて来た,御年93歳の車椅子の寂聴さんの姿がありました。


現在,安全保障関連法案を審議している特別委員会(「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」)の政党別の議員数は,自民28,公明4,維新4,民主7,共産2。

このままでは,おそらく,自民,公明,維新が賛成し,民主と共産が反対。結果,賛成36票,反対9票で,委員会採決され,衆院本会議において,圧倒的多数で法案通過になります。

まさに今が瀬戸際です。反対の声を上げるのであれば,まさに「今でしょ」です。あれよあれよという間に,変な方向に日本が流れていってしまいます。

少し前の自民党なら,国民の意見に耳を傾けてのことか,権力闘争のひとつの契機と考えてのことかは分かりませんが,自民党内部からも様々な意見が聞かれても良さそうなものでしたが,今は本当に気持ちの悪い空気に覆われているみたいです。

国会と,世論調査で示されている国民の多数意見が,ねじれている今,代議士の先生方は,そもそもの自分の存在意義について,しっかりと考えて,拙速な行動は絶対に控えていただかなければ困ります。

寂聴さんの思い余った必死の形相に,何を思いますか。


2015/06/15

君の英語号は空に舞い上がれるか?

『英単語ピーナッツほどおいしいものはない』(南雲堂)の著者として知られる 故清水かつぞー先生が,毎年4月に予備校の教え子に渡していたプリント 「君の英語号は空に舞い上がれるか?」 をご紹介します。


『君の英語号は空に舞い上がれるか?』

わからない単語が一ページに十もあり,一つひとつ辞書を引く。そのあとで一生懸命にノートに日本語訳をでっちあげる。授業中に教師が言う訳を参考にして,自分の訳を訂正する。文法的な説明その他も全てノートする。家に帰って,少し復習して,それでおしまい。

もし君が英文解釈でこのような勉強法をしていたら,残念ながら長文を何題やろうが何年勉強しようが、あまり実力はつかないだろう。残酷な話だが本当だ(もちろん,全然無駄とは言わない)。

それはちょうど,飛行場の滑走路をグルグル回っているジェット機のようなものだ。地面を滑走し続けるだけで,空に舞い上がることは永遠にない。
あの大きなジェット機がわずか三千メートル足らずの滑走路でどうして見事に空に舞い上がれるか,君は考えたことがあるか?

原理は簡単である。脇目もふらず,まっすぐにスピードを上げて,離陸直前には時速が三百キロ以上に達するからだ。そう,ジェット機が空に飛び立つのは,それなりに必要なスピードというものがあるのだ。

英語の場合もまったく事情は同じである。勉強を続けていくうちに,だんだん加速度がついてきて,どこかで飛躍がなければすこしも面白くないではないか。君はそうは思わないか?

君は加速度を生みだすものの秘密を知りたくないか?私は自分の経験から,はっきりとそれを知っている。これは本来ならば大極秘伝で,簡単に教えるのは惜しい気もするが,今日は気分が良いから,サービスしちゃおう。

それは「スラスラ感」なのである。「この英文はスラスラわかるぞ!という感じなのである。そうなのだ。英文解釈の勉強とは,スラスラわかる英文を一つずつ作り上げていくことなのだ。

もちろん最初からスラスラわかるはずはない。このスラスラ感を味わうためには,単語の意味や構文の理解も必要だろう。やりたければ日本語に訳してもよい。

しかし,それで一丁終わりとしたら,ラーメン屋に入って,待つことしばし,やっとラーメンが出てきたのに,匂いを嗅ぎ,おつゆを一杯飲み,お金を払って出てくるようなものだ。

ところが,悲しいことに,ほとんどの人の英語の勉強はこのラーメンの「おつゆ一杯」だ。頭でなんとかうすぼんやりわかったくらいで一丁あがりと錯覚する。

そこからさらに一歩突っ込んで「スラスラ感」の獲得まで進もうという人はまれだ。

「スラスラ感」を味わうためには,地道に音読を繰り返すという復習が欠かせない。ほとんどの生徒がそこから逃げようとする。いや,そのことに気づきもしない。教師もその点をしつこく言わない。

復習は各自がやることが建前なのだ。繰り返すが,うわべの勉強を何題やっても君の英語号が空に飛び立つことはない。

ところが,たった三題の長文でも,君が日本語を読むときの「スラスラ感」の半分くらいを英語でも感じることができれば,飛躍の可能性が生まれてくる。

最初から量を焦ってはいけない。「スラスラ感」さえ獲得すれば,量はあとから,あっという間についてくる。

大学入試の長文読解は,最高レベルの生徒でもせいぜい百題だ。本当に百題スラスラ読めるようになると,もう入試の英文は読みたくなくなるのだ。世の中にはもっとうんと面白い読み物がたくさんある。細切れ英文に百題以上付き合う義理はない。

もちろん,私は入試の英文をたくさん読む。しかし,それは商売で,お金がもらえるからだ。おわかりだろうか。

よろしいか,最初の十題がスラスラ読めるようになるのに二百時間掛かったからといって,その十倍の百題をスラスラ読めるようになるのに同じように二千時間掛かるということはないのだ。

最初の一題は本当に涙が出るほどつらい。しかし,そこは覚悟を決めてクタクタになるほど復習したまえ。具体的にはテープを何十回と聞き,手で書いて単語を覚え,音読を繰り返す。文の構造が不明のところは教師にどんどん質問する。

スラスラ感を追及する者の進歩は等比級数的である。二題目,三題目とだんだん楽になる。十題やりとげた人ははっきりと,自分が正しい方向に進んでいるのを自覚できる。

三十題やりとげた人は,ひょっとしたら,残り七十題は,一日二時間,一か月で終わってしまうかもしれない。

Believe me.



これまでは一般的に,英文理解が学習の目標であって,音読はその「復習」と考えらえられてきましたが,これからは,スラスラ音読できることを目標とし,英文理解はそのための「準備」と考えてみる,こうした発想の転換が必要だと思います。

いくら音楽理論を研究したとしても,実際にピアノに向かって練習しない限り,弾けるようにはなりません。逆に,いくら自己流の感覚だけに頼って弾き続けたとしても,譜読みの知識なしでは,初見でピアノを弾きこなすことなどできません。

要は,「語学は理屈が半分,慣れが半分」,「頭で理解し,身体で覚えよ」に対する自覚だと思うのです。


2015/06/08

音読効果

体調不良のため先週のレッスンをキャンセルしていた高校2年生の塾生が今日,課題発表のために来塾した。この2月に入塾し,次のレッスンで中1の教科書を終える予定の塾生である。

せんせー,中間試験の結果が出まして,英語は前回と同じ79点だったんですけど,同じ79点でも前回と違って,今回は英語がわかってきたという実感がありました。

音読の効果が出たんだと思います。同じ点数でもコース内の順位はすごく上がって。

それで,国語も日本史も,同じように,何度も何度も音読してみたら,すごくよくできましたぁー。

中学1年生用の教科書の内容自体は,高校生の知的レベルからすれば,馬鹿らしく思えるくらい易しいものですが,基礎・基本を身につけていけば,英語の見え方は劇的に変わっていくものです。

こういう話はいつ聞いてもうれしいし,励まされている気がして,僕も元気がでてくる。ありがとう。

2015/06/04

日本国憲法はいのちを守るものだ

 
日野原重明『十代のきみたちへ』
(2014年5月3日 第1刷発行)
 
いのちを守る憲法を持っている日本の人たちは,もっともっといのちを大切にしなければなりません。いのちの大切さを忘れ,お金もうけばかりに気を取られていると,そのうち憲法を変えようとする人たちに,いのちを守らない憲法をつくられてしまうかもしれません。よく考えないで,そういう人の意見に賛成してしまうと,あっという間に憲法改正の国民投票になってしまうことだって考えられるのです。
 
今の情勢では,やがて選挙権が二十歳から十八歳に下げられるでしょう。選挙に行くおとながだんだん少なくなっているので,若い人たちを取りこんで,選挙に行く人の数を増やそうという考えです。私もそう思っています。国際的にも,選挙権が二十歳からという国は少ないので,この改正はすんなりと決まりそうです。
 
そうなると,きみがいま十歳だとしたら,あと八年で選挙権を持ち,憲法改正の投票をすることになるかもしれません。そのときは,「日本国憲法はいのちを守るものだ」というわたしのことばをぜひ思いだして欲しいと思います。 
 
本日,選挙権を18歳に引き下げるという公職選挙法改正案が,衆院本会議で全会一致で可決されました。

2015/06/02

『考える方法』

ダヴコット文庫の本


『中学生からの大学講義2 考える方法』,桐光学園+ちくまプリマー新書編集部・編 (ちくまプリマー新書)

世の中には,言葉で表現できないことや
明確に答えられない問題がたくさんある。
簡単に結論に飛びつかないために,
考える達人たちが,物事を解きほぐすことの豊かさを伝える。

2015/05/27

松下ヨシナリ 3回忌



明け方,ふと目が覚めた。
ぼんやり枕元のipadを手に取り,NHKのラジオアプリを開く。
次の瞬間、ふと頭に浮かんだ。「松下ヨシナリ」。

「そう言えば,いつだったかな?」と思って、松下さんのオフィシャルサイトを検索した。

松下ヨシナリ Official Website

NEVER FORGET YOU
Yoshinari Matsushita
8.15.1969 - 5.27.2013.

ipadを持つ手が少し震えた。

今日なのか。。。