最近のように、英語が事実上国際語としての地位を占め、その重要性が広く認められているだけでなく、実際に誰でもてがるに外国へ旅行できるし、また英語を話す外国人に接する機会も多くなると、「実用的な」英語の必要性が強調され、英文法などはもはや無用だとして、幼児が言語を習得するような過程をそのまま英語学習にも当てはめようとする傾向がある。つまり、単語や熟語さえおぼえておけば自分の思っていることがなんとか相手に通じるのだから、あとは「習うより慣れろ」だというわけである。しかし、この考え方は、つぎの二つの点を無視した一面的なとらえ方だと言わねばならない。すなわち、一つは日本人が英語を習うのであって、そこには必然的に日本語が介入せざるをえないということであり、いま一つは、幼児的な言語習得はその言語が日常的に用いられる環境を離れては成立しないし、またその環境を離れるとすぐに忘れられてしまうということである。習得された外国語は定着されなければならない。だが英米人でもなく幼児でもないわれわれに、それがどのようにして可能であるのか。その答は、理論化すること,つまり体系的な文法によることをおいて他にはない。
高梨健吉著『総解英文法』
2007年12月25日 第88刷発行
1970年 3月 1日 第1刷発行