2025/08/18

北の国から



杵次「薪はすこしだ。一時にあんまりくべちゃならん」
純「ハイ」
 ――立ちあがり、周囲をぐるっと見まわす。
 風の音。
 音楽――いつかやんでいる。
杵次「むかしはずうっと、うっそうたる森じゃった」
 純。
純「ここが――ですか?」
杵次「うン」
純「――」
杵次「熊が遊んどった」
純「――ここらで?」
杵次「ああ」
純「――」
杵次「もともとここらは、熊の土地じゃった。
純「――」
杵次「人間が来て勝手に――熊を追いだした」
純「――」
 風の音。
杵次「この奥に古い切り株がまだあろう」
純「ア、ハイ」
杵決「五百年はたっとった。桂の大木で。わしらが鋸できり倒した。そりゃあほえるようなすごい声をたてた」
純「――」
杵次「まだあの声は――耳についとる」
純「声って――何の声?」
杵治「木の声。倒される。木は倒されるとき大声をあげる」
 純。
杵次「殺生もずいぶんした。――そうして開いた。―― 一反開くのに何年かかったか」
純「――」
杵次「わしらと――馬と――。そまつな道具と」
純「――」
杵次「馬ももうおらん」
純「――」
杵次「トラクターに押されて」
純「――」
杵次「そうして若いもンはみな土地を捨てる」
純「――」
杵次「わしらが、殺生して切りひらいた土地をじゃ」
純「――」
杵次「熊や――木や馬に――。何と申し開く」
純「――」
 杵次。
 間。
杵次「人間は勝手じゃ」
純「――」
杵次「もすこし薪を入れろ」
純「ハイ」