渡辺憲司著
『海を感じなさい。――次の世代を生きる君たちへ』より
山の頂きを想い浮かべなさい。
マッターホルンのような、
天を突く峻厳なる山をまぶたの中に描いてみなさい。
何が見えるか。
山の頂きから見つめられている自分を感じなさい。
頂きにきらめくのは、君の理想である。
理想が、君を見返しているのだ。
自らに正直であるか。
理想までの道のりをまじめに考えているか。
岐路にさしかかったとき、
道標を見ずとも、
自分の判断をじられるか。
疲労困憊しても、
なお頂上をめざす気概があるか。
山の頂きから、理想がそう問いかけている。
焦ることはない。
道が険しければ、回り道をしたっていい。
ときには引き返す気も必要だろう。
若者には、
ゆっくり行く自由がある。
ゆっくり進むことが許されるのは、
君たちの特権なのだ。
ただし、頂上からは目をそらすな。
まなざしの強さが、心の強さを支える。
「これでいいのか?」と迷いながら進みなさい。
自分の知識を確信としてもってはいけない。
自分の価値観を絶対だと思ってはいけない。
過去の成功体験に自信過剰になるなんて、もってのほかだ。
自分に、知識に、価値観に、
絶対性などあり得ない。
人生は、ゆらめきながら進むのが正しいのだ。
疲れたら休みなさい。
山の懐に抱かれて休みなさい。
疲れたあとの休息なら、誰もとかめたりはしない。
眠りはつねに深くとりなさい。
そして翌朝、大気を思いっきり吸い込んで
一歩を踏み出すのだ。
そびえる山を想い浮かべなさい。
粛然とたたずむ山の頂きを見つめなさい。
理想が君を、やさしく見返している。