東西南北と言えば4つの方向があり、前後左右と言っても同様である。しかし、書かれた英語の場合、前とは左のことであり、後とは右のことであるから、その方向は2つにすぎない。さらに、代名詞とその受ける語句との関係にかぎって言えば、代名詞によって受けられるものはふつう前にあるから、方向は1つしかないことになる。
ところが、it だけは、it ... to や it ... that のように、あとに続く語句と関連することによってはじめて意味を持つことも多い。天候・距離の it になると、前ともあとともつながりを持たず文中にいわば「天から降る」かのごとく現れるのであるから、it の方向性は3つということになる。数ある代名詞の中から it だけを取り出して扱わねばならないのは、もっぱらこの方向性の多さに原因がある。...
代名詞の受けるものをきちんと定めようとする態度は、英文の正確な読解に不可欠の姿勢であるが、it の場合は特に「it = それ」と訳して満足してしまってはならないことを ... 知ってもらいたい。
伊藤和夫「英文解釈教室」より