2025/03/28

桜の木に聴いてみなさい。(前半)


渡辺憲司著
「海を感じなさい 〜次の世代を生きる君たちへ」より


桜の木に聴いてみなさい。
君の住む地域にも
桜の名所はあるだろう。
毎年、薄桃色の華やかな
花びらを身にまとう、
あの桜の幹に
手のひらを当てて、
目を閉じてみなさい。

深く一息ついて、
君の生まれた日の記憶を
たどってみるといい。




生まれた日の記憶なんてまさか・・・ 
と君は思うかもしれない。
しかし、想像の翼を広げれば、
リアルな記憶がまぶたの裏によみがえる。

ベッドでほっとした微笑みを浮かべる母の顔。
その少しほつれた髪に手を当てて、
うれしそうにのぞき込む父の顔。
「ご苦労さん」とやさしく掛けた声に、母の顔が和らぐ。
その母の腕に抱かれて、大きな声で泣いているのが君だ。

君たちは、そんなふうに祝福され、
かけがえのない命として、人生の扉を開けたのだ。
日一日と成長して、
やがて保育園・幼稚園を終え、
毎年、桜の咲くころになると、節目となる進学、進級を重ね、
命を育んできた。

その命はいったい誰のものか?

私たちは、自分の命を、
たった一つの自分だけの命と考えがちだが、
それは傲慢である。
自分の身体に宿る命は、
他者と支え合い、共有された命なのだ。

互いが複数の命をもち合い、
一つの身体に、二つも三つもの命が宿る。
何の不思議もない。
それが、命というものなのだ。

(後半へ続く)