2023/05/24

夫婦別姓選択制に賛成する 人類学者有志の会

ラジオ番組の中でジャーナリストの青木理さんが紹介していた,人類学者による夫婦別姓選択制に関する声明。This is a statement that provides a lot to learn from. I found it very interesting and enjoyed reading it.


日本文化の多様性と家族の多様性を尊重しましょう!
―私たちは,夫婦別姓選択制の導入に賛成します―

夫婦別姓選択制に賛成する人類学者有志の会
1996年5月26日

 法制審議会で5年以上審議を尽くし,多くの人々が待ち望んでいる民法改正案が国会に上程されない状態が続いています。改正案に盛り込まれた夫婦別姓選択制に対する強い反対が,その理由のようです。そして,夫婦別姓に反対する人々の多くは,「夫婦同姓は伝統的な日本の文化」だと思い込み,したがって夫婦別姓は日本には馴染まない制度だと信じているようです。しかし,これは完全な誤解だということを,文化の研究を職業とする人類学者として,私たちは強く訴えたいと思います。

夫婦同姓は「日本の伝統」ではありません

 夫婦同姓制度は,明治31年の民法制定以後に全国に普及したものに過ぎません。しかも,それは民間の慣行を制度化したものではなく,文明開化の一環として,欧米の結婚制度を範として制定されたものです。日本各地の伝統的な家族制度を無視し,地方毎の豊かな多様性を否定する形で全国一律に施行されたのです。ですから,夫婦同姓は「伝統的な日本の文化」だという主張は,学問的に正しいものではありません。明治民法の制定までは,夫婦別姓であった地域も多いのです。
 そもそも姓は,日本固有の文化ではありません。中国からの輸入文化です。それで,明治になるまで,中国古来の慣習に倣って,姓は出自を表すものとして,結婚によって姓を変えることはありませんでした。源頼朝の妻は北条政子でしたし,足利義政の妻は日野富子でした。しかし,中国とは異なり,日本人は姓に囚われることはありませんでした。同性同士の結婚を避ける「同性不婚」は取り入れませんでしたし,新しい姓を名乗ることも認められていました。木下藤吉郎は,自分で勝手に羽柴と名乗り,それを実力で周囲に認めさせたことは,どなたも御存じでしょう。日本人は,中国に倣って,姓という「異文化」を取り入れましたが,中国式の慣習に固執することなく,姓を自由に考え,柔軟に扱っていたのです。

日本の家族は,昔も今も様々です

 夫婦別姓に反対する人々は,長男が「跡継ぎ」として家に残り,両親と同居する「三世代同居」こそが日本の文化であり,醇風美俗だと考えていますが,これも大きな誤解です。明治時代に民法と戸籍制度が整備される以前は,日本の家族制度には様々な形態がありましたし,今でも地方によっては独自の家族の在り方を守っているのです。
 例えば,日本の西南部では,末息子が家督を相続する「末子相続」という制度が広く見られました。広島県のある地方では,1960年代になっても,この慣習を守り続け,長子相続は「親と脛が並ぶ」といって避けていたそうです。興味深いことに,末子相続を行っていた地域では,「隠居分家」とか「別居隠居」といった慣習も見られることが多く,夫婦家族が基本で,老親の世帯を子供夫婦の世帯から分ける傾向があったのです。つまり,三世代同居は理想でも美風でもない地域が,日本にもあるのです。
 家督を継ぐのは男に限られるわけでもありません。第一子であれば男女の別なく家督を継がせる慣習もありました。長男であっても,姉がいるときは,家督を姉に譲ったので,「姉家督」と呼ばれ,東日本で広く見られた慣習です。宮城県のある地方では,初生の女子は「嫡子」とか「嫡女」と呼ばれ,幼いときから家の跡取りとして尊重されていました。
 また,夫婦別姓に反対する人々は,「先祖代々のお墓を守れ」とも主張しています。しかし,お墓の建て方も地方毎に様々でした。個人のお墓を建てる慣習のあった地域も少なくありません。いわゆる「〇〇家の墓」という家族墓を建てるようになったのは近代以降のことなのです。
 このように,日本の家族制度は,昔から地方毎に様々であり,豊かな多様性を持っていたのです。日本中が同一の家族制度・結婚制度を持っていたわけではありません。日本の文化は多様なのです。

文化の多様性は,日本を豊かにします

 昔から,日本の文化は地方色に彩られた多様性を持っていました。そして,この多様性こそが,日本の文化を豊かなものにしてきたのです。
 そのうえ,昔から,日本人は進取の気風に富み,新しい文化を積極的に取り入れて来ました。そして,新しい外来文化を取り入れながらも,地方の特色を失うことなく,多様な慣習を守ってきたのです。
 いつの時代にも,古いものと新しいものを巧みに取り合わせて,多様性と活力を維持してきたのが日本の文化だと言えるでしょう。(中略)
 永遠に変わらない文化はありません。文化とは,より良い暮らしを求めて日々努力する人間が不断に変革していくものなのです。日本の文化は,常に多様であり,常に変化してきたのです。新しい変化を恐れて,現状に甘んじることは,日本の伝統ではありません。勇気を持って積極的に新しい文化を生み出すことこそ日本の伝統なのです。

偏見を捨てて,多様性を尊重しましょう。

 夫婦同姓だけが「伝統的な日本の文化」だというのは,根拠のない偏見に過ぎません。日本の家族制度は単一で不変だというのも,思い込みに過ぎません。
 固定観念に囚われずに,多様性を尊重しましょう。日本の文化はそもそも多様だったのです。日本の家族も,もともと多様だったのです。今,夫婦別姓という選択制が加わることは,日本の文化をさらに豊かにするものでこそあれ,日本の文化を脅かすようなことではありません。
 私たちは,世界の様々な文化を研究する者として,文化が多様であることは人間性の豊かさの証明であると考えます。日本の文化が多様化することは,日本人の豊かさの証明であり,日本社会の懐の深さの証明です。(以下省略)