父 「おまいはわしによって生かされとる。」
娘 「生かされとる?」
父 「ほうじゃが。ああようなむごい別れが,まこと何万もあったちゅうことを覚えてもらうために,生かされとるんじゃ。人間のかなしいかったこと,たのしいかったこと,それを伝えるんが,おまいの仕事じゃろうが。」
「巻頭の言葉」より
あの二個の原子爆弾は,日本人の上に落とされたばかりではなく,人間の存在全体に落とされたものだ。
あのときの被爆者たちは,核の存在から逃れることのできない二十世紀後半の世界中の人間を代表して,地獄の火で焼かれたのだ。
世界六十二億の人間の一人として,あの地獄を知っていながら,「知らないふり」することは,なににもまして罪深いことだと考えるから書くのである。
井上ひさし 作
ロジャー・パルバース 訳