2012/07/17

大津いじめ自殺事件


こんにちは。みなさん,いかがお過ごしですか。

先週7日(土)に,以下のブログ記事を書きましたがアップしませんでした。書きながらいろいろ考えているうちに,なんか相当滅入ってしまって,少しこの事件から少し距離を置いてみたかったのかも知れません。でも,この事件について,あまり知らないなんて人も身近にいたものですから,少し考えてもらうきっかけになればと思って,途中からですがアップしておきます。

20120717.jpg昨日,市長は会見を開いて,外部委員会を立ち上げ再調査を行うと言って,涙を流されていました。市長も市長でいろいろなしがらみや圧力の中,きっとじくじたる思いがあって,何もできなかった自分に対する悔し涙なのだろうと私には映りました。



しかし,市長は,外部委員会の再調査の前に,直接その少年に携わってきた担任の先生や教科担当の先生方など当時の学年団の先生方に対して,そして生徒のアンケート調査の内容を隠ぺいしようとした教育委員会の先生方に対して,職務命令を発してでも,まずは自分たちでこの事件をそれぞれの立場から総括させる,そんなけじめの時間を与えることはできないのでしょうか。

その結果を,ご遺族や保護者の方々,そして大津の市民に対して説明する責任が,市長や中学校の先生方,そして教育委員会の先生方には,あるように思います。大津市民に雇われているのですから当然です。万が一,自分たちでそれができないようであれば,市の職員を一旦は辞するべきでしょう。この少年の死に報いるためにも,また,今いる子どもたちのためにも。ここはぜひ教員としての矜持を示してほしいと願います。

子どもたちは,そういう大人の様子をじっと見ているのではないでしょうか。この春に卒業した子どもたちや入学してきた子どもたち,在校生の子どもたち,いじめに加担した子どもたち,それを見て見ぬふりをしていた子どもたちに,どんなメッセージを伝えることができるか,みんな待っているような気がします。

このまま,先生たちは次々と転勤し,子どもたちは卒業し,学校長もくるくる変わり,教育委員会の先生方もどこかの教頭や校長へと昇進していき,この事件そのものが忘れ去られて風化していくのは目に見えています。

おそらく今後予定される司法の判断はそれとして,現場の先生方は,まずは,外部調査などに頼らず,自分たちでけじめをつけなければ,また,まわりがそういう環境を作ってあげなければ,誰も救われない気がするのです。そして,けじめをつけた後は,今回の事件を教訓にして,子どもたちの間でも,教員同士の間でも,いかなる場面においても,いじめは絶対に許さないという覚悟をもった,そういう教員人生の再スタートを切ってほしいと願っています。

トカゲのしっぽ切りはもういいでしょう。

(以上が一旦ボツにした分でした)


実は,今日になって,さらに滅入ってしまうニュースがありました。

ひとつは,文科省が「当面の間,市長部局へ文科省職員を派遣し,学校の実態把握と改善支援を行う」というのです。これは大津市長の要請だそうです。市長は,教育委員会を含めて市役所の中にあって,唯一,大津の市民に直接選挙で選ばれている人なのですから,今こそリーダーシップを発揮して,自分たちですべてを明らかにして,そこからこれからの教育行政に生かせるものをつかみ取ってほしいなと思います。

教育委員会の人たちや校長,元担任の先生の給料は,市長名で支払っているということを忘れないでほしい。腰が引け過ぎていると思います。文科省の職員に何を期待しているのでしょうか。「地方自治の本旨」からまったく逸脱してしまっているのではないですか。

もうひとつ。昨年,教職員50人に対してもアンケート調査が行われていたということが明らかになりました。同時期に実施されている生徒に対するアンケート調査では,863人のうち,約4割にあたる330人が自殺した男子生徒に対するいじめを見聞きしたことがあると回答し,このうちの100人余りが具体的にいじめの内容を記載しているといいます。

なのに,教職員50人のうち,いじめを認識していたという先生は0人。きっと在校生諸君にとってはショックなことだと思います。「なんで,先生たちは本当のことを言ってくれないの?」って。せめて5,6人の先生方は「これはいじめに他ならないではないか!」と問題提起してくれる先生がいると思っていたのですが。残念ながら,そういう体質ができあがってしまっている。

これだけ市民の信用を著しく逸したのですから、関係する公務員の方々は,当然に責任は免れません。ただ,教育委員会の人たちや学校の先生方を責めているだけで終わりにしてしまってはしょうがない。ずっと昔からこういうことが繰り返されているのですから。だから,これは大津市の中学校に限ったことではなくて,日本の社会に,組織というものにつきまとう,克服しないといけない課題なんじゃないか。国会事故調の提言にも同じことが書いてあった。

ものごとを批判的に見ることは大切なこと。だけど,それだけではバランスが悪い。それぞれの立場から,自分のこととして,自分だったらどういう行動ができたのか,僕もみんなも,ひとりひとりがいろいろ考えてみないといけないと思います。